頼光を呼び戻した晴明は、やはり殉教者のような目をして立っていた。
「この時……待ちわびましたよ」
――私を? この力を?
頼光はその言葉を呑み込んで、ただ立っていた。
巨虫の封印が解けようとしているのを抑えるのに、頼光はその役を自ら進み出た。
「その巨虫ならば覚えがある」
そう言った為、四天もそれならばと、頼光に譲った。
厚い氷に覆われた湖に立って、晴明は頼光に「時間を稼げ」と言った。
「滅せよ」とは言わなかった。
滅する技に長け過ぎているが為怖れられていた頼光に。
頼光はその瞬間、理解した。
自分が望んでいた事が、何だったのか。
自身を受け入れながら、滅びの力を使役しようとは思わない者。
自分の手を汚さないために、頼光の手に穢れを押し付けようとはしない者。
頼光をヒトと見る者。
望み憧憬し、その度に絶望し、逃げた。
ヒトと関わらなければ裏切られて泣く事もない。
期待するのが恐ろしくて、晴明に縋って払い除けられるのが恐ろしくて、言葉に棘を纏い、壁を作っていたのだと。
百足の雷撃を避けていただけの頼光は、不意に向きを変えた。
自らの意思で「死を齎す力」を使役するために。
自身の力を恐れるが為、頼光が自らを封じていた事に、晴明は気付いた。
だからもう、二度と頼光に「滅せよ」と言いたくはなかった。
頼光がその「死」を使役する度に、頼光の魂は滅せられた者より多くの血を流している事を知ったからだ。
異世の者をすら滅する力。
もう一度だけ、その力を利用させてもらわざるを得ないであろうが。
その時以外には決して。
役目を終えた頼光が黄泉比羅坂姫によって封じ直された後、ヒトが瓦礫の中で呻いていた時、晴明は降り立った。
晴明は自ら左目を抉り取り、それを用いて結界を張った。
それで暫くは持ちこたえた。
だが、気付いた妖鬼達はヒトばかりでなく、白珠をも狙い始めていた。
今度は手足を切り落として更に白珠を作ろうとしたのを、四天がやっと止めた。
そして、晴明はヒトの混じった自分より強力な、月狐の尾を奪ったのだった。
封珠院に在ったのは晴明の左目より作り出だした白珠。
妖鬼どもにとっては、充分な力を齎すものではあった。
途中で何者かが晴明の結界に溶け込んで、頼光に偽の指示を与えたのを知って、晴明は緊張した。
だが、月の者だけは違う。
月の巨妖の体からなる白珠でなければ、やつらにとっては川原の礫も同じ事だ。
頼光が白珠を渡した相手を見て、晴明はむしろほっとした。
その気の緩みこそが頼光を失う事態を招いてしまったのだが。
HOME | O・TO・GI top | <<prev | next>> |