新月3

「その珠は、貴様らの手には余る代物、それが判らぬか」
 奉魂の剣に刻まれながら、白銀人は言った。
「愚か者どもめ、異邦の力に手を出すとは……。その代価、いずれ払うべき時が来よう。心しておれよ」
 その呪詛は負け惜しみには違いなかった。だが、その言霊を持って、白銀人はヒトを呪詛したのであった。
 それしきの呪詛など払い除けるのは易かろうと思われながらも、晴明の顔はひどく白く見えた。
「異邦の力か……」
 頼光は白珠を見た。
「……なるほど、見知らぬ呪の掛けられている事よ」
 晴明は黙っている。
「姫――、晴明、これを御しているのは御身か」
 結界は解かれ、頼光はつかつかと晴明に歩み寄る。
 その間に花色の風が吹いた。
 貞光が風の色の袖を揺らし、頼光の前に立っていた。
「お見事でございました、頼光様」
 そう言った貞光の目は、頼光を睨みつけていた。
「否……」
 頼光はその目に気圧され、立ち止まった。
 貞光は背に晴明を庇う様に両手を広げ、頼光を見上げている。
 晴明は小さく嘆息し、狩衣の袖で貞光を包んだ。
「確かに。見事でございました、頼光」
 頼光に向かって言ってから、その腕の中の女童に向かって呟く。
「貞光、そんな恐い顔をするのではありません」
 言われた貞光の目に、見る見る涙が浮ぶ。
「頼光、お怒りになりませんよう」
「怒って居るのはその者の方であろう」
 頼光はついと踵を返し、二人に背を向けた。さらりと黒い艶やかな髪が流れる。
 貞光は頼光を睨みながら震えていた。
 妖鬼を怖れることの無い女童にすら、それほど怖れられている事が頼光の孤独を強めた。
 そして、それほど怖れている相手からすら、それでも晴明を守ろうとした貞光の強い意志が、頼光の胸を締め付けた。
 自分が長らく縫い込まれていた桜樹の下で、四天が死を捧げたのさえも、きっと晴明が望んだのではなく、四天が自ら口にしたのだろう。
 頼光が自ら選んだ孤独であった筈なのに、ひどく苦かった。
 晴明は――?
 頼光をを呼び起こす事ができるほどの才。
 人に怖れられなかった筈がない。
「……死を紡ぐ力……か」
 頼光は何も載っていない右掌を見て、その無さえ潰すように握り締めた。
 この力が死に属すものでなければ、誰かが自分の頬に触れてくれただろうか。
 死に至る道程の名を冠された黄泉津比羅坂姫からも、慰めの言葉すら掛けられなかったこの自分に。

 肉体が燃え尽きた時、これで解放される、と頼光は思った。
 だが、頼光の魂は消えなかった。
 魂の一番奥に棘のように刺さったものが疼き、魂の存在を忘れさせなかった。
 時間の感覚も無い、虚無である筈のそこで、誰かが呼んだ。
 姿形があるわけでもない。
 それでも、その者は、頼光を見誤らなかった。
 それが自分の名であったことすら忘れかけていた頼光を、その声は呼び覚ました。
 魂の奥の棘が頼光を声の方へ走らせて行った。 

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