晴明の術により、四天も頼光と同じ、巫力によって保たれたかりそめの肉体を得ることになった。
「言って置かねばならぬことがあります」
微かに疲労した声で、晴明は五人に言った。
ひとつ、地脈が合わぬ所為で討伐に向かえぬ時がある事。
ひとつ、時が巡らねば討伐に向かえぬ事。
誰も頷いただけで、何故とは訊かなかった。
後の方の条件は、敵だけの問題ではない。皆の肉体を保持するだけの巫力を、晴明が得る為に必要な時間だと察したのだ。
――何だろう、この輪は
晴明は頭ごなしに命じたりはしなかった。
霊宝院に敵の襲来があると言われれば、晴明が言うまでも無く、
「妾が参ります」
「儂が行こう」
と、自ら参じようとする。
それを制して頼光が立った。
「体の在る様を思い出さねばならぬ。私が行こう」
すると晴明も一緒に立ち上がった。
「……何事か」
「お邪魔は致しません」
「座して待っておれば良かろう」
「敵はひとつではありません」
結局晴明は霊宝院の周囲に結界を張り、その直ぐ外に立っていた。
――何故晴明は、黄泉比羅坂姫のように命じないのか
月明かりの霊宝院に降り立ち、頼光は考えた。
黄泉津比羅坂姫は現世にたった二人になってさえ、頼光の力を忌み嫌ってか、御簾の向こうにあって、裳裾の端さえ覗かせはしなかったと言うのに。
――四天達は何故その命を投げ打ったのか
実体を取った形代のようなものが、青白い燐光を纏って虚空を揺らめく。それらは仮面のようなその顔貌に、怖れと明らかな侮蔑を浮かべ、光球を飛ばしてくる。厚みのないその身体は大した手ごたえもなく散った。
「そやつらは白銀人と呼ばれるもの」
晴明の声が響いた。
「寿命を免れる為、肉体を捨てた異形の者どもです」
蒼月童子達が現れて頼光を取り囲む。自らの意思を持つ必要のない童子らは、首から上は月のような刃。互いに歩み寄っただけでお互いを傷つけ合うしかないほど長い刃。
「傀儡か」
頼光の呟きは、何に対してのものだったか。
地下より石段を駆け上り、蒔絵の衝立を両断した。
まともな人間なら振りぬく事さえ困難であろう、長い奉魂の剣を頼光が振り回す度、梁が落ち、壁が抜け、霊宝院の床は瓦礫に埋もれて既に足の踏み場もない。
金彩の施されたその名残の破片も、頼光は微塵の躊躇も見せず踏み砕き、庭に白銀人を追う。
池の灯篭は無惨に砕かれ、滝の美しさも頼光を惹き付ける事はない。
「非情な事よ……」
だがその瓦礫の中に立つ亡者の姿の美しさは。
晴明は眼を閉じ顔を背けていた。
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