理由

 頼光の朝は早い。
 何しろ、二十歳前から逃げ出し、隠居のような生活をしていたのである。
 それでも、闇に乗じて刺客が訪う事も多々あったので、夜は動けないとかでもない。
 ただ、今回はアレだ。
 綱が自分一人で飲むのは、一向に構わない。
 だが、なぜ、酒飲みというのは、人にも飲ませようとするのか。
 自分の飲み代が減るのにはやたら腹を立てるくせに、ヒトにも「飲め飲め」と強要する。
(矛盾しているだろう)
 勿論頼光は思っただけで、声も出さなかった。
 全員居たはずなのに、気付けば二人きり。
「貞光、もう休みなさい」
と、晴明は一緒に行ってしまったし、季武は音も立てずにふわふわと移動して見えなくなっていた。公時は季武を探してくると言ったきり、戻ってこない。
 要するに頼光は、逃げ遅れたのだった。
「よっ――と、よしよし」
 頼光の手に杯を握らせ、綱は酒を注ぐ。
 ……杯の縁に盛り上がるほど。
(この男は、いったい何に挑戦しているんだ?) と、また頼光は思っただけだった。
 これでこぼしでもしようものなら、また何か言われる。
 そうすると、どう言うわけか、いつの間にか色恋の話になる。
 そもそも他人の色恋の何がおもしろいのか、頼光には理解できない。
 が、逆らうのも面倒だった。
「おーやるなー」
 干した杯が逃げないよう、持った頼光の手首ごと掴んで固定し、綱はまた酒を注ぐ。
「主は晴明をどう思う?」
(……きた。)
 勿論頼光の表情も顔色も変わらない。
「ありゃあ、やめといた方がいいぞ。母心が強すぎて、赤子でもできたら、男の方は相手にしてもらえん」
 綱は頼光が無反応でも、関係なしに話し続けた。
(……眠い)
 綱は……笑っている……。
「よーし、舞うぞ!」
 何か笑いながら話し続けていた綱は、突然立ち上がった。
 機械的に手拍子をしつつ、頼光は意識を消失していた。

「頼光……頼光……」
 囁く声で、頼光は意識を取り戻した。
 が、姿勢も表情も同じなので、目覚めた事どころか、綱は頼光が眠っていた事にすら気付いておらず、一人で喋って大笑いしていた。
「ああ、聞こえましたか、頼光。やはり貴方は逃げ遅れましたか」
 耳の奥に直接聞こえるのは、晴明の声だった。
「一人置き去りにして、済まぬ事を致しました。やっと、貞光が眠ったので……。ですが、如何に綱といえどそろそろ……」
 その晴明の言葉と同時に、綱は空の瓶子を取り落とした。
 頼光は晴明の術かとも疑ったが、それならばもっと早くに掛けたであろう、と思い直す。
 綱はそのまま、へなへなという感じで横になり、大きな鼾をかき始めた。
「……これで良いでしょう。さあ、お休みなされませ」
 いつの間にか瓶子を枕にしている綱の脇に膝を付き、頼光は、綱の脱ぎ垂らしている着物を腹に掛けてやってから、その頭をポフポフと軽く叩いた。
「頼光……貴方が逃げ遅れる理由が、分かったような気がいたします」
 晴明はそう呟いたが、勿論、頼光自身には分からなかった。
「……お休みなされませ」
 綱が寝返りを打ち、着物をはだけてしまったので、頼光はもう一度腹に掛け直してやった。

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