月の病

 いつ目覚めたのかももう思い出せない。
 何の為に目覚めたのかも。
 山も海も越えた。
 そのうちには、名すら忘れた。
 月を見上げる事は忘れなかった。
 その理由さえ覚えてはいないのだが。
「月よ、御身を独りにはせぬ」
 知らず、そう呟くことはあった。
 気付けば、月に向かって進み続けていた。
「なんだい、あんた。そんな白い顔で」
 春を鬻ぐ為に辻に立っている女が、私を見て言った。
「病持ちかい? そんなに月ばかり見てると、気が触れちまうよ」
「病気で自分の名前も思い出せないのかい? そうだ、あんた、男とは思えない、その凄い髪をよこせば、どんな病も治せるっていう所の話を教えてやるよ」
 女は私の背の髪を見て、そう言った。
 私の髪を売って手にした金を半分取って、私に握らせ、女は小さい声で言った。
 「ヤーナムの血を入れれば、不治の病も治るって話さ」
 ふふ、と笑って、女は離れ、手を振った。
「それだけあれば、ヤーナムにも行けるだろう」
 女が指した方角には月があった。
 私はその月の方へ歩いていった。

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