「頼光様。晴明様はお会いになりませぬ」
貞光は頼光を見上げ、無表情に言った。
「……ずっと臥せっておられるのか」
頼光はやっと言った。
「……そのようでござりまする」
「そのよう……とは?」
「妾もお顔を拝見しておりませぬ」
晴明の寝所まで通れるのは貞光だけだ。
「几帳越しにお声を聞くだけで、……お姿をお見せ下さらないのでございます」
一瞬、この無表情な少女が泣きそうに見えたが、やはり貞光は無表情だった。
養い親の強情さに倣っているのだろう。
だが、その手は小刻みに震えている。
「……頼光様」
「何か」
「晴明様はどうなさったのでしょう。……貞がお気に障るような事を致したのでしょうか……」
貞光の言葉に、頼光は決心した。
「私が訊ね申そう」
頼光は貞光を押しのけ、板床に上がる。
「頼光様!」
「私が押し通るのだ、お前の罪ではない」
さして大きな館ではなく、晴明の気を辿るなど頼光には造作ない。晴明の部屋の外縁で、頼光は足を止めた。
その気配に気付き、晴明が先に声を発した。
「……頼光、お会いできぬと申し上げました」
「推参ながら、貞光が止めるのを押し通って参った」
「貴方ともあろう方が、慮外ななさりよう」
凛とした声ながら、少し呼吸が荒い。
「……穢れたるこの身をお厭いになるは詮なきことなれど、貞光にさえ姿をお見せにならぬとは、余程の事と思わる」
頼光は膝をついて、几帳の向こうに言う。
動揺する気配が伝わってくる。
「私が貴方を厭う――?」
――むしろ、貴方が私の事をお厭いでございましょう
晴明は、几帳の向こうにいる男に向かって思う。
脇息にもたれて、ようやく顔を上げている状態だ。
「……お待ちを」
衣擦れの音がして、晴明が出てきた。
顔は蒼褪めているがふらつきもせず立っている。
「頼光、何を仰りたいのですか」
頑なな声の響き。
「白珠は何処にあろう」
頼光は単刀直入に訊ねた。晴明の顔は一層厳しくなる。
「申せませぬ」
頼光を拒絶するような即答だった。
「若しも……私が……力尽くで訊ねたら何となさる」
頼光は絞るように言った。
「……お手向かい致します」
頼光は無言で立ち、背を向けた。
「自分は高みの見物か」
道満の言葉に、頼光は心の内で反駁する。
――そうではない、もう晴明は動けぬのだ
だが、頼光は道満の中にある物に気付いた。
道満は、晴明に触れたかったのだ。
「めげぬ若造だ!気に入ったぞ!」
道満も、もしや頼光の中の同じものを感じたのかもしれなかった。
頼光と共に異世に落ちた偽の晴明が、もし共に焼け落ちたのでなかったら、この姿をしていたのは頼光かもしれない。
触れる事の叶わぬ晴明に触れる為に同じ高みに立ち、その腕に晴明を抱く為に力を望んだのだ。
哀れと思った。
だが、同時に妬ましくもあった。
道満は、まだ都が安寧であった時の、悲しみに覆われていない晴明を見る事が出来たのだろうと。
「晴……明……」
その命の消え入ろうとしながら、道満は晴明の姿を求めた。
既に晴明も限界だったのだ。
隠し切れず、白珠が光った。
晴明の死を確信した道満は、断末魔の苦痛の中に歓喜の声を上げた。
「黄泉にて待って居るぞ」
そのまま道満は石に変じた。
――お前の所には遣らぬ
頼光は道満だったものを見下ろし、そして晴明を見た。
まさかその身の内に白珠を隠していようとは。
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