山吹

「……晴明」
 晴明は顔を向けない。
「ただ一目……微笑む貴女が見たいと」
「お放しあれ……」
 涙声。
「季武は貴女がこの地と連理を成したると」
「連……理……」
「永遠の死の中にある私と、永遠の生を歩く貴女では連理は成らぬのか」
 頼光は晴明の手を離さない。
 ただ一目。
 あれほど望み憧れた、本当の月の光を見るために。
「千歳に唯一度、……天よ……」
 晴明は振り向いた。
「私はこの手に縋りまする」
 晴明は諸手を拡げ、頼光を抱き締めた。
「晴明……」
 頼光は月光の化身をその腕に抱いた。
 ふと顔を上げると、頼光は見知った影を認めた。
「季武」
「……済まぬのう」
 季武は頼光の方に向きを変えた。
「都を、人を救いたるそなたじゃ、この年寄りの命ならば、引き換えて現世に留めてやらんと思う。我ら四天誰も命を惜しむまい。したが、……貞光の事を思うと……」
「たとえ貞光の命も返さずに置いても、……莫大な殺生を続けねば留まる事は成るまい。もう……」
 頼光は穏やかな笑みをその顔に浮かべた。
「転生の輪から外れても、然ればこそ、忘却の川を渡らずに済む。その眠りが永劫であったとしても、永劫晴明の事を忘れずにいられるのだ」
 頼光は晴明を抱いたまま、静かに言う。
「最期には、貴女の微笑むを見たい。貴女の手で逝かせてくれ」
 晴明は頼光の腕の中で唇を噛んだ。
「……連理とはの……妹背の事をも言うのじゃ」
 季武はゆっくり二人に近付き、低く言った。
「そなた等は比翼連理を成したるのじゃ」
「晴明……もし私と連理を成したるを許すなら……」
「ああ……やはり私を置いていくのですね」
 晴明がまた、一条涙を落とした。
「連理と成れば、死の淵にあっても、私は貴女と在る。貴女の生が永劫なればこそ、私は生と、現世と永劫繋がってある」
「頼光……」
「若しや……再び私の力を天が望むなら、目覚むることもあろう。それを貴女以外の誰が成せよう」
 頼光は晴明を抱き締めた。
「万に一つ、貴女でない者が私を目覚めさせたとしても、貴女が在る世界に戻るのだ。貴女が思うて下されば、夢にて会う事も叶おう」
「頼光……」
「私の棺たる彼の地にて、我が慰めに、一差し舞いを所望したい」
 季武は黙って頭を下げ、歩み去る。
――済まぬのう……晴明の力を持ってさえ、四天の霊血霊柩を奉げて仮初の肉を作るのみじゃ、我には……

「長い時、……苦労をかけましたね」
 頼光は微笑して、晴明に奉魂の剣を渡す。
「晴明……」
 頼光は穏やかに晴明を見つめる。
「我が背……」
 晴明は頼光との約束を守る為、涙を堪えて微笑んだ。
 ゆっくりと頼光の背を抱き、
「どうぞゆるりとお休みなされませ」
 その肩に頬を寄せたまま、頼光の胸を刺し貫いた。
 頼光は晴明を抱いたまま、
「我が妹よ……」
 がくと首を反らし――直ぐに桜の花弁となって風に散っていく。
 その桜花の根元に伏し、晴明は頼光の名を呟く。
 約束の舞を終えると、晴明は振り向かなかった。
――貴方と再びまみえるまでは……


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