かつて晴明が光岩を奉じた、谷とそこに続く洞穴。
そこに満ちた水の気を狙って、土蜘蛛達が集結していると聞いて、道満はそれを平らげるためにやってきた。
が、道満が思っていたより、ずっと土蜘蛛の数は多く、そして強大であった。
いくら倒してもきりがなく、倒しても火気と共に弾けるものがあり、爆風で尖った水晶の先に打ち付けられたりして、もう、まともに戦える者など居なかった。
もう何日こうしているのか。
疲労から脚がもつれ、道満は背中から倒れ込んだ。
甲蜘蛛の爪が道満の腹を抉ろうとした時、その甲蜘蛛が弾けて消えた。
が、助かったといえる状況ではなかった。
無数の蠱毒が流れ込んできていて、土蜘蛛共を襲っていた。
生き残った人の兵も、土蜘蛛と同じようにのたうち、死んでいく。
その後ろに白銀人があり、光の球を放ってきた。
白銀人の光は、道満の術を封じた。
「あれは道満か、丁度良い、あれを捕らえよ」
どれも同じ顔と姿で区別が付かないが、あちらは道満を知るものだったらしい。
蒼月傀儡の刃は、道満の太刀よりも速く、その間にも白銀人は蒼月傀儡を生み出していく。
勝てるはずもない。
死ねるならまだ良い。
だが、死ぬ事も許されず、苦痛の中に生きたまま閉じこめられて、要として、白銀人らに使われるのは嫌だった。
傷ついた体を引きずり、道満は逃げた。
洞穴の中の草むらに倒れ込み、傷を押さえる。
「晴明……晴明……」
紙扇を開く、白い指。扇の端から覗く赤い唇。
遠のく意識に、浮かぶのは晴明の姿ばかりだった。
「ほう、そなた、晴明を見知って居るのか?」
空全部を震わすような、威厳に満ちた、そして蔑むような婦人の声がした。
涙の目には、白い月光しか映らなかった。
「……ああ、……御身はどちらの神か……」
瀕死の身には、その光は強過ぎた。
道満は身を丸め、目を閉じる。
その光は、晴明に似ていた。
「我に力が在れば……晴明……」
何かが道満を嘲っていた。
「そなたの如き虫けらに、晴明をどうにかできようか」
クスクス笑う声が広がる。
「そなた、力が欲しいか?」
月光が囁いた。
「人のままでは、晴明にそなたの手は届くまい。晴明を引き裂く力が欲しいか?」
土埃に汚れた顔を、涙が黒い筋となって落ちていく。
「力が欲しい……晴明に届く力が……力を賜え……」
「可し哉、授けようぞ」
皮膚の表面から、光が流れ込んできた。
道満は咆哮していたかも知れない。
体が内側から膨れ上がり、骨が軋む。
「ほう、体の内より闇が溢れ出ておるな。随分と溜め込んでおったものよのう」
その光は笑って言った。
「晴明は」
自分の口から出た声に、道満はぎくりとした。
声の質ばかりでなく、音も濁り、酷く話し辛かった。
牙が生えていることに気付く。
「此処の光岩は晴明が据えた物。そのようにそなたが闇を捲き散らしておれば、いずれ此処へ参ろうな」
光が目に痛い。
道満から溢れた闇は、手足を生やし、光岩を覆っていく。
「晴明は源の巫術師を探しておったな。それが見当たらぬ故に、己が目を抉っただけでは足らず、我が身までを奪い去るとは」
少しずつ、その声は遠ざかっていき、道満の痛みも引いていく。
「ワレと玉座を並ぶどころか、斯様なケガレたるヒトなどの為に」
痛みはすっかり消え、洞穴の暗さが、道満には心地よい。
「己が神に逆らおうとは」
「不死たる者が、虫けら共に身を捧ぐとは、狂気の沙汰よな」
クスクス笑っていた者達が、口々に晴明を詰っていた。
「近侍殿にお尋ね申す」
「おう、言うてみよ」
朱月童子が横柄に応えた。
「我が身は不死となり申したか?」
道満の問いに、朱月童子は哄笑した。
「左様じゃな、先ほどの布切れ共と同じ位にはな」
尚も朱月童子らは笑っていたが、道満はもうそちらを見なかった。
「そなた、晴明より我が身を取り返さば、褒美を授けよう」
八本の尾を揺らめかせながら、白い神は笑った。
「されば、晴明を」
更に神は笑った。
「その時には、存分にあやつを引き裂くが良かろう」
月の神と眷属は笑いながら天へ上っていった。
道満はひれ伏していた頭を上げ、手を見た。
尖った長い爪。
その下に、蹄の生えた脚があり、その後ろにも脚があるのが分かる。
そうだ、人ではなくなったのだ。
掌に温い雨が落ちた。
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